
| 7 次の日。 俺とゆづ姉は、轍生をつれて、矜さんのライブハウスへ向かうことにした。 俺は、EX-4のエンジンをふかして、ゆづ姉にメットを手渡す。 「ちょーっと。つづ、本当に大丈夫?」 朝からずっと言っている。 ゆづ姉は、訝し気な顔をしながら、俺のEX-4の後ろに跨った。 俺の運転に信用がないようだ。 「大丈夫。俺、上手いんだから。」 海昊さんたち、BADの連中皆にみっちり単車の運転のイロハを教わった。 自分でも飲み込みは悪くないと思ってる。 まぁ、無免。ってのが不安材料なのかもしれないが。 「……そう?まあ、仕方ないわね。」 何が仕方ないのか。独りごとを呟いて、ゆづ姉は、俺の腰を掴んだ。 安全に始動して、クラッチを切った。 懐かしい。と、ゆづ姉が背中で呟く。 ……。 右に鶴岡八幡宮を見て、左折。若見大路を真っすぐ進んだ。 鎌倉駅前の駐輪場にEX-4を停めて、小町通りまで歩く。 「ロード。か。」 ゆづ姉は感慨深い顔をして、そのモノトーンでシックな看板を見上げた。 THE Highway。 まだ営業前。 だが、俚束さんも矜さんもいつも早くから準備しているのを知っている。 多分、もう店にいるだろう。 「こんちはー!坡です。」 俺はいつものようにドアを叩いた。 中で物音がする。 「いらっしゃい、坡くん。轍生くん……夕摘??」 いつものように俚束さんは、店のドアを開けて迎え入れてくれた。 俺と轍生のうしろ。ゆづ姉の姿をみとめて、目を丸くした。 「……久しぶり。」 ゆづ姉はちょっと気恥ずかしそうにはにかんだ。 俚束さんは、我に返ったように、急に後ろを振り返って大声を上げた。 「矜!……矜!!」 店の中から下に繋がる内階段。 身を乗り出すように、俚束さんは矜さんの名前を呼んだ。 何だよ。そんな、矜さんの声が聞こえて、階段を上がってくる足音が聞こえる。 「……ゆづ。」 矜さんとゆづ姉は、お互い目を合わせた。 変な間があった。 昨日から感じていた。 この二人って……。 「あ、矜さん。ギターありがとうございます。」 なんとなく、沈黙が重かったから、俺は、轍生に持たせていた借りてたギターを矜さんに渡す。 矜さんは、一瞬気後れして、おお。と。受け取った。 下の階へギターを運ぶのに、ゆづ姉も倣った。 二人、下へ下りていく。 「どうぞ。」 俚束さんは何か嬉しそうにカウンターに俺らを案内して、飲み物を出してくれた。 「何か。あの二人。怪しくね?何かあったよな。」 「何もねーよ!」 へっ? 轍生がカウンターを叩いた。突然の轍生の動向に俺は、固まった。 ……。 え。え。轍生……。 「お前。……ゆづ姉のこと……?」 轍生はそっぽを向いた。その耳。真っ赤だ。 まじか。 ……知らなかった。いや、知ろうとしなかった。んだ。俺。 ゆづ姉と矜さんのことも。 こんなに傍にいた轍生の気持ちも。 「……。」 ショックだ。 そんな俺らにふふふ。と、俚束さんは笑った。 「昔から夕摘はモテたのよねぇ。」 俚束さんは、下の階を見下ろすような素振りをして、矜もその一人。と、笑った。 俚束さんは、カウンターに両肘をついて、妖艶に笑った。 「夕摘は、真面目な学生だった。でも、度胸があるっていうか、芯の強い子だったわ。」 俚束さんとゆづ姉は、高校が一緒だった。卒業してからも何度か会っていた。 昔を懐かしむように遠い目をした俚束さんは、思いもよらないことを言った。 「当時私が入ってた族、THE ROADに夕摘を連れて行った時にね、矜と出会ったの。」 え……。 ロード。って言った?俚束さん。 轍生と顔を見合わせた。 「あ、あの。THE ROADって、横浜一大きな族だった……?」 俚束さんは、知ってる?有名だったもんね。と、笑う。 俚束さんも矜さんも、THE ROADのメンバーだったという。 びっくりした。こんなとこで繋がってるなんて。 改めて、店の名前を想う。THE Hightway。 じゃあ……。 丁度、下からゆづ姉と矜さんが上がってきた。 「ゆづ姉、滄さんのこと知ってたの?」 思わず聞いていた。 だって、昨日はそんな素振り見せなかった。 でも。滄さんはTHE ROADの特隊だった。知っていてもおかしくない。 「滄って……滄 氷雨?」 ゆづ姉が首を横に傾けて、俚束さんが口にした。 「そう。THE ROADバラした人でしょ?」 「……坡。滄と知り合いなのか。」 今度は、矜さん。 俺は、同じ学校の先輩で、BADの頭だ。と説明した。 俚束さんは、そっか。と、何だかしんみりして、ゆづ姉たちの為だろう。コーヒーを淹れ始めた。 「夕摘は、毎日来てたわけじゃないから、名前を耳にしたことくらいしかないでしょ。」 後ろ向きのまま俚束さんは話してくれた。 「滄は、単独行動ばかりだったし、THE ROADの数はハンパなかったからね。滄はねぇ。本当、危ない奴。だった。当然赤信号は無視。走るスピードも尋常じゃないし、トラックにもヘーキで突っ込んでいくしで。皆手を焼いていたわ。」 いつ死んでもいい。そんな、目をしていた。と、いう。 俚束さんが、カウンターにコーヒーを乗せた。 ……。 あの、滄さんが?信じられない。 「でも、見違えたな。」 矜さんがコーヒーに礼を言って一口飲む。 ゆづ姉も倣った。 「ねー、人が変わったみたいに穏やかになって。」 そういえば、お墓参りであったYOKOHAMA BAY ROADの人たちも言ってたっけ。 ……なんか。滄、変わったな。雰囲気っつーか。すげぇ、穏やか。充実してるつー顔。 こいつらのおかげだ。と、滄さんは言ってくれた。 滄さんのカコ。そして今。 「……紊駕のおかげだっていってたっけな。」 「え?如樹さん?」 突然、如樹さんの名前がでてきてびっくりした。 俚束さんもうなづいて、THE ROADをバラす計画を立てたのは、何と如樹さんだったという。 って、まだそのころ如樹さんは、小5。 俺なんかただのガキでしかなかったのに。 「信じらんないわよねー。ほんっと、紊駕は、すごいよ。あの滄をああさせちゃうなんて。」 かっこいいし、中坊なんて今でも思えないし。と、俚束さん。 面識があるのだろう。俚束さんは、如樹さんをベタ褒めした。 「THE ROADの頭は、すげぇいい奴だったんだ。本当。でも、頭が滄に次をまかせるって言った時。皆、どうしたと思う?」 矜さんは、トレードマークのB・RJYOの丸グラサンを頭に乗せた。 眉をしかめて俺らを見る。 THE ROADの頭―――亡くなった龍条 立さん。海昊さんのお友達のお兄さんでもある人。 矜さんは、コーヒーを見つめながら、昔を思い出すように口にする。 「皆、滄をヤキいれにいったんだ。ハンパな数じゃねーよ。THE ROADの奴ら。本部も支部も。年下の滄が頭に立つのが気に入らなかったんだ。」 俺は、息をのんだ。 集団リンチ。 「矜は止めに行ったのよ。必死にでも……」 俺は、あの青紫の事件を思い出していた。 始まってしまった乱闘は誰にも止められない。 それこそ誰かが死ぬまで。 壮絶。ごくり。俺は生唾を飲んだ。 「滄は、ヤキいれられながら、ざけんな。って思ってたらしい。単車が好きで走るのが好きだからバイクのってんだろ。って。頭が誰になるかで抗争なんて、外ばっかでかくて中身は何もねぇ。って。だから、そんな族抜けてやる。って。……滄は紊駕に言ったらしい。」 ……。 「そしたらね、紊駕は、一言。くだんねぇ。って。」 「……え。」 俚束さんは噴き出した。 「くだらない。そう一蹴したんだって。」 キレイ事並べてんだけじゃねーか。 如樹さんは滄さんにそう言って、滄さんは、如樹さんの胸座を掴んで凄んだらしい。 でも、如樹さんは物怖じもせず、言い放った。 「お前が族を辞めたからって全てが解決するのか。残った奴らはまた抗争起こすだろうが。って。怒鳴ったんだって。自分には関係ないっていうのか。そんなの、逃げだ。って。」 「で、そんな族、好き勝手散らばして好きなようにやらせりゃいいだろ。って解散を指南したんだってよ。参るよな。小5のガキに言われちゃ。さすがの滄もあっけにとられたつーか、立場ないっつーか。笑えた。らしい。」 矜さんも笑った。 やっぱ如樹さんは、すげぇ。 かっけぇ。やっぱ、かっけぇわ。 そんで、滄さんがTHE ROADをバラした。 皆、好きな仲間と好きなように走った。 俚束さんも矜さんも皆、如樹さんに感謝していると言った。 お墓参りで会ったYOKOHAMA BAD ROADのメンバーたちも。 そして、龍条さんも。きっと。 俺は思った。その信念が、今のBADなんだ。 俺は、そんなBADにいることを誇りに思った。 そして、この想いは、ずっと引き継いでいかなきゃならない。 強く、そう思った―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |